パラグアイを出発してからの一か月を振り返ってみた

パラグアイを出発してからの一か月を振り返ってみた

ほんと月日が経つのは、、早くない。

 

まだ1ヶ月しか経ってないのだ!!

パラグアイを出発してから。

 

この感じはなかなか好きである

というのも、日々が充実してた証拠だからだ(新鮮な経験の証拠)

ちょっとこの1ヶ月を振り返ってみたい。

 

チリ

1ヶ月前のこの日、僕はパラグアイを出発し、チリに7時間滞在した。

チリではトランジットの時間を有効活用して、市内を回った。

ちなみに飛行機で隣の隣に座ってたおばちゃんに市内まで車で送ってもらうという恩恵を受けた。市内はなかなか興味深かった。

というわけでチリには感謝している。

 

エクアドル

そして僕はエクアドル・キトに到着した。

キトの空港からは、僕がやり取りしていたWorkawayのステイ先に直行し、その日から数日はキトを観光したり、観光したり、観光したりしていた。ちなみにキト、寒かった。長袖パーカー一枚しか上着を持ってきていなかった僕は、涼しさの歓迎に驚いた。おまえ、寒かったのか、と

キトでは、なぜか2回ほど登山することになり、なかなかに死ぬかと思った体験もした。

素晴らしいことにコロンビア人の友達も出来た。

こうして僕は、キトに満足するとアマゾンに行きたいという思いを抱えた。

 

そして、とりあえずアマゾンの近くの街プジョ(Puyo)へ行った。

プジョからもっとアマゾンに近づきたいなと考えていると、アマゾンにあるロッジでボランティアを見つけ、そこに行った。

ボランティアはちょうど人がいない時期で、楽しかったようなつまらなかったようなだったが、あの素晴らしい自然を前にしたヨガと、謎のヒンドゥー教のしきたりと、謎にしんどいアマゾンの再植林の手伝いなど、様々な経験が出来たよな気がする。

 

そうして僕はとりまクエンカという街に向かうことにし、道中リオバンバという街でATMからお金を下ろした。ちなみに二重請求されて、300ドル下ろしたはずが600ドル下ろされてそのまま10日ほど過ごさなければいけなかったのはいい思い出か?

クエンカという街はゆったりしてて、楽であったが特に何もすることが無かったので適当なバスに乗る旅をしていたら、意外と僻地に飛ばされるということが判明した。ちなみにクエンカも寒かった。ここは本当に南米か

 

その後僕はグアヤキルへ向かった。ここは南米であった。というか今度は暑すぎた。寒いのも嫌だが、暑いのも嫌であった。ちなみにグアヤキルはエクアドルで一番人工の多い都市で、暑いわ人多いわ車多いわ大麻多いわ空気汚いわ宿高いわであったが、地味にそのカオスさが気に入った。住むのはまっぴらゴメンだが。

ちなみにグアヤキルでは行きつけのローカルレストランができ、友達が出来たのでなかなかに良かった気もする。

ベネズエラ人の友達の友達とその彼女と妹と一緒に公園に出かけるという謎イベントも発生した。15時くらいには解散という健全なイベントであった。

こうして僕は、一通りエクアドルに満足してコロンビアへ向かった。

 

コロンビア

首都、ボゴタである。到着は夕方であり、そこから人に聞くなどして何とか宿にたどり着くはずだったがバスを乗り過ごしてなかなかに苦労して宿についた頃にはとっくに日が暮れており、街灯少なめの夜道を歩くのはなかなかに怖いものがあった。夕食に食べたサンドイッチはなかなかに旨くて安かった。

 

ボゴタに着いた翌日は、なかなかにひどいものだった。朝、ドルを両替したりSIMカードを買いに行こうと思って宿を出る直前で宿に暮らしてたおじさんに話しかけられ、案内するよ!と言われて案内してもらったらちょっと良さ目の朝食を奢ることになり(ここまではまだいい)、その後ケーブルカーに乗りに行くもおじさんの分の交通費も払いながら結局タクシーで丘に登ることになり(ケーブルカーやってなかった)、丘自体はまぁまぁ良かったものの帰りももちろん俺が払い(ここまでもまぁ良いとする)、宿に着いたら昼飯を食べたそうにしているので食べに行こうかというと道中で7ドル弱を請求され(今日の宿代と飯代)結局昼飯だけ奢ってあげたものの残念ながら友達ゾーンからは遥か彼方に離れてしまった彼とはその後ほとんど話すことは無かった。

そんなことがあり、その日は少しブルーであったが翌日からは博物館巡りを開始した。ちなみにボゴタで最高だったのは国立博物館で、無料ガイドさんがめちゃめちゃ詳しく、情熱を持って説明してくれたので、二回行ったけどあと一回行きたいと思える場所だった。

 

この間僕はそろそろ旅行的なのには飽きてきて、何か意味のあることをしたくなったので色々探していると、コロンビア北部でベネズエラ難民の支援をしている団体を発見、これだと思い申請書を書きながらその日の内にOKをもらい出発し、次の日から団体に加わってボランティアを開始した。

ボランティアは基本的にベネズエラから入ってきて、徒歩でコロンビアの都市を目指す難民を支援するものであり、人々が僕らに向ける眼差しに感謝の思いを感じて、何かすごく嬉しくなったりしている。

10日間歩き通しの人々も、何も持ってきてない人も、子供を連れている人もおり、本当にベネズエラで生きていけなくなってしまったのだということをひしひしと感じた。

こういうのを仕事にしたいと僕は思った。